ページ内を移動するためのリンクです。

第1章  都市をめぐる環境変化

新時代の都市政策

第1章  都市をめぐる環境変化

 第1 環境変化の基本認識
これまでのわが国は、明治以来、先進欧米諸国へのキャッチアップを目標に経済的な価値を重視し、さまざまな努力を積み重ねてきた。大多数の人々が真面目に、無駄なく、大きくなることを是とし、合理性、効率性、機能性、集団性をもとに工業化等を推進することによって経済的な豊かさを勝ち取ろうとしてきた。
このため、経済成長や産業発展に重きが置かれ、産業基盤整備と大規模集中型のエネルギー開発等が重点的に推進され、産業構造の高度化とも相まって、国民総生産や所得水準は飛躍的に向上し世界でも有数の経済大国へ成長した。しかし、その一方で、国民生活面ではなお豊かさを実感できない状況に置かれている。例えば、地震や地滑り等の災害に対する都市の脆弱性が露呈するとともに、東京圏を中心とする住宅・交通問題や受験競争の過熱化をはじめとする教育問題も解決されていない。また、大気汚染、水質汚濁等の公害問題については、改善への努力が払われているが、地球温暖化等新たな地球レベルでの環境問題が顕在化している。海外との関係でも、貿易、投資、人の交流等対外的な関係は飛躍的に拡大したが、それが一方的でありすぎるために多くの摩擦を抱えている。
このように、なお取り組むべき課題は多いものの、l980年代半ばに国民総生産や所得水準が世界有数の水準に達したことにより、経済的な面での欧米諸国へのキャッチアップからさらに進んで、人間そのもののあり方を問い直し、多様な価値観の実現を目指す新たな時代が到来しているのである。
この過程で強調すべきは、このキャッチアップの過程が、戦後は、極めて急速かつ短期間に展開したことであり、特に、わが国の高度経済成長期として位置づけられる昭和30年からの20年間の工業化、都市化は、世界的にみても希な驚嘆すべき状況であった。すなわち、経済成長は、なべ底不況といわれた一時期を除けば、常に10%以上の成長を達成し、向都離村と称せられたように全国的に展開した都市への人口移動は、従来の都市システムに大きな変更をもたらした。
今後の都市政策を考える上で、この間の状況を大胆に総括すると次の二点に要約できる。
第一は、ほぼ日本全土が「都市圏」ともいうべきいずれかの圏域に属する実態が見えたことであり、日本社会は農村型社会から都市を中心とする都市型社会へと急速に転換したことである。それは、従来の”都市対農村”という対概念の崩壊を意味し、都市と農村は独立して存在するのではなく、中心都市とこれに機能的に関連する農山漁村からなるより広域的な圏域、すなわち、「都市圏」として相互補完的な関係を構成しているのである。従って、この都市圏を実質的な地域単位として認識し今後の都市政策を推進しなければならない。
第二は、この都市圏には大都市圏と地方都市圏ともいうべき二つのグループがあり、両者の分化が一段と進み、特に東京大都市圏が人口規模、経済力、情報発信力等において際立って大きな存在となる等、それぞれの都市圏の状況によって圏域内外の都市機能等には相違があることである。しかし、それはいわゆる上下関係のようなものを意味するものではない。地方圏の都市には、豊かな自然との共存等大都市圏とは異なった魅力を発揮できる可能性があり、また、情報伝達手段等の充実によって大都市圏からの遠隔性が必ずしもハンディキャップとはならない。それぞれの個性と魅力を十分に生かした圏域の形成が望まれる。
また、以上のほか、第2節以下に述べる諸情勢の変化も進行し、わが国社会経済全体として新しい時代環境を迎えるに至った。このような状況を背景として、戦後50余年を経過した諸制度等について抜本的な改革を行おうとする動きが活発になった。それは、地方分権の推進、中央政府の再編成などの行政制度のみでなく、財政、金融、経済、教育、社会保障など広範な分野にわたっており、その動向は都市自治のあり方にとっても少なからぬ影響があると思われる。
今後の都市自治の展開においては、これらの多方面にわたる環境変化の大きな流れを見定めながら、従来にもまして的確に対応していく必要がある。

2 価値観の多様化
生活水準が向上するなかで、人々の価値観は、物の豊かさは当然のこととしながら心の豊かさを重視する方向にあり、都市的利便性を享受する一方、自然の豊かな地域を高く評価する自然志向や健康志向が高まっている。また、豊かな情報環境のなかで、人類共通の生存基盤である環境や資源の有限性が広く認識され、量的拡大よりも質的向上を志向している。さらに、キャッチアップを効率的に推進するために形成された平等主義、集団化志向、社会慣行も批判の的となり、教育の分野においても、自己主張と他者への思いやりを兼ね備えた創造力のある人材の育成を目指して、個性やゆとりを重視する方向へ改革しようとしている。
このように、社会全体として自然と人間との関係を問い直し、「量」より「質」が、「もの」より「こころ」が、「拡大」より「創造」が尊重される成熟度の高い社会へ、そして、個人の自由な選択と自己責任が重視される社会へと変革しつつある。
こうした変化は、世界でもトップクラスの所得水準と情報環境に大きく依存する。経済的豊かさを達成し、世界各地の状況を居ながらにして把握できるようになり、人々の欲求は生理的欲求や帰属欲求からより高次の欲求、自己実現欲求へと高まったのである。つまり、自分とはいったい何か、世界とは何か、どのような生き方を求めるかといった人間としてより本質的な欲求が芽生えているのである。
「豊かさ」については、一人当たりのGNPが高いということが一つのメルクマールになるが、単にそれだけではなく、豊かな社会は以下の特色を持つものと考えられる。
第一は、「誰でも、社会の構成メンバーとして自己実現の機会が与えられている」ことである。豊かな社会では、女性も、子供も、老人もともに自己実現は当然許される。しかも、重要なことはそれが仕事以外の場でも許されるところに特徴がある。また、自己実現は、ボランティア活動とも関連し、相互扶助に止まらず自らを見直すため参画する者が増加している。このボランティアの能力やエネルギーをどのように組み込むかが重要なテーマになる。
第二は、第一の特色と関連して「価値が非常に多様化してくる」ことである。世のなかには唯一の価値があるという考え方に対して、少なくとも複数の価値があるとする考え方が一般化し、一つの都市圏のなかでも多様な価値観が相互に存在する時代となる。そしてそれらが競い合いつつ共存する、あるいは調整されるなかで、住民、企業、行政等による個性的な魅力ある地域づくりが推進されるのであろう。都市自治体がこのような多様な価値観をいかに調整し、どのような地域計画へと構築していくかが重要なテーマとなる。
第三は、情報化とも関連するが、従来のいわゆるマスコミュニケーション中心の時代は、一部の才能のある人間が作品を発表する、それがマスコミュニケーションを通じて大衆に普及してスターが誕生する、多くの人々は受動的で受信のみといった状況であった。しかし、情報化の進展は、物事を創造する者、創作者として振る舞うことの可能性を拡大し、人々を能動的で発信型へと変化させる。言い換えれば、大量の画一的な情報が与えられる時代から、普通の人々がネットワークを通じて個々に発信する時代へと進んでいる。このことは、個々の人々の創造性の喚起という意味では非常に好ましいが、他方、こうした状況に対応できない人々の存在や個人情報の保護が問われることになろう。
ここで、第二の特色と関連して留意すべきは、生年による意識や価値観の相違が、世代間のコミュニケーションギャップをもたらす恐れがあることである。特に、21世紀初頭には、第二次世界大戦後に生まれた団塊の世代がリタイアをする時期になり、昭和30年以降に生まれた人々が活躍することとなる。昭和30年以降に生まれた人々は、それ以前に生まれた人々とは違った価値観と生活意識を持つていると考えられる。この世代の大きな特色は、豊かな時代に生まれ育ち、貧しさの時代を全く知らないということである。これらの人々がわが国社会の重要な構成員となるなかで、どのような考え方のもとに都市自治体を支えていくことになるのか。しかも、高齢化が進み、経済が成熟化するにつれ、経済、財政運営は一段と激しさを増す時代である。

3 安全と安心への強い関心
関東大震災等の地震、毎年の台風による風水害等わが国は自然災害が多いため、従来から防災に対する関心が高いが、阪神・淡路大震災は大都市の大規模災害に対する脆さを痛感させ、安全確保への強い要請を生むとともに、防災体制の充実強化の必要性が一層声高に指摘されるようになった。
また、わが国は犯罪に関しては世界でも極めて安全性が高い国として評価されてきたが、近年、犯罪件数は増加しており、地下鉄サリン事件のようにこれまでは考えられなかったような犯罪が発生し、あるいは少年による殺人事件の続発、外国人によるとみられる強盗事件の発生などこれからの社会に対する不安が増大する傾向にある。
老後の生活への不安もある。高齢者が急激に増加していくなかで、核家族化、高齢者世帯の増加が進み、一方、財政悪化等を背景として年金や医療保険に関する制度の抜本的改革が論議されている。果たして安心して老後の生活を送ることができるのだろうかとの思いがある。
このような安全、安心の確保に対する関心、期待は極めて強いものがある。これらは誰しもが望む生活維持の基本であり、都市自治体は最も身近な行政主体として、最大限の努力を払わねばならない課題である。
この場合の対応として、特に配慮しておく必要があることの一つは、共生の理念である。人は自然に手を加えながらその利用を進めてきた。それによって、人の生活はより豊かなものになってきたが、阪神・淡路大震災を例に出すまでもなく、自然の力には到底人間の力が及ばないものがある。自然は克服すべき対象と認識するのでなく、いかにして人は自然と共生するかを考えるべきである。また、災害や犯罪に対するその対応については安全確保にしろ、日ごろの生活の安心確保にしろ、特にコミュニティーを中心とする人と人との共生が重要である。
いろいろな面で、弱い立場に立つことが多い高齢者も障害者も子供も、コミュニティーにおける市民の自発的な助け合いのなかでこそその生活の安全・安心が強いものになり得る。
 
4 少子高齢化、長寿化の進展
わが国の総人口は、少子化を背景に伸び率が急速に低下している。合計特殊出生率は、人口の置き換え水準である2.1を下回っているため、わが国人口は、従来想定されていたよりもかなり早く21世紀初頭にはピークを迎え、その後減少局面に入り、2050年頃までには1億人程度になるものと想定されている。
総人口の減少という新しい局面は、国土が人口増の圧力から解放されることを意味する反面、地域の担い手の減少や労働力人口の減少をも意味し、大きな問題を提起している。労働力人口の減少は総人口の減少よりも早く始まるだけでなく、労働力の高齢化が急速に進む。
また、2015年頃には総人口のほぼ4人に1人が65歳以上となることが想定され、世界のなかでも最も高い水準となる。高齢化の進行によって要介護老人も増加し、寝たきり老人は20l0年頃には現在の約二倍の約140万人に、痴呆性老人も現在の約100万人が二倍の約200万人に増加すると見込まれている。
このように、少子高齢化の進展は、わが国が未だかつて経験したことのない局面をもたらすことになる。総人口および労働力人口の減少によって21世紀初頭以降の経済成長率と投資余力の低下をもたらすことが懸念されるとともに、医療保険、福祉サービス等をめぐる問題が深刻になるとみられている。
このような状況変化に対しては、社会経済システムの全体をあげて真剣に対応していかなければならない。例えば、少子化対策を講ずるとすれば単に行政だけではなく、民間企業まで含めた社会全体として、女性が安心して出産、育児を行うことができる基礎条件を整備することが必要になる。
また、高齢者については、往々にして介護の対象としてのみ考えられがちであるが、その多くは健康であり、知識や経験を生かした労働や社会的貢献に意欲を燃やしている人も多い。今後、若年者等との調整を図りながら、このような高齢者や女性の活動の場をどのように確保するかが重要な課題になるであろう。高齢化等をマイナスイメージとしてのみとらえるのではなく、これが避けられないのであれば、むしろ人生80年時代を前提としながら社会経済システム全体を見直し、これを積極的にプラスに転換させる方策を考え、わが国の活力を維持増進させるよう努める必要がある。
地域社会は、男性も女性も、また老壮青年も、さらには子供も一緒になって生活する場である。それぞれが活力を発揮し、生きがいを持つことができるよう、行政としても対応に努力する必要がある。
 
5 高度情報化の進展
近年の情報化の進展は、マルチメディア化に対応したISDN等のデジタル回線の整備や、携帯電話、インターネットの急速な普及等目を見張るものがある。技術的な環境変化のなかでも情報技術は最も大きな変革を示しており、モータリゼーションという言葉が使われているように、近年、コンピューターを駆使する情報技術が社会に行き渡ることを意味してコンピューターライゼーションという言葉が使われている。
また、このような状況を都市自治に関する環境変化の側面からとらえるならば、まず、市民生活における変化がある。情報化は、市民の日常生活の中で医療、福祉、教育、娯楽等いろいろな面で浸透しており、今後さらにその影響は広範囲に及ぶであろう。そのことは産業活動の面としても大きなウェイトを持つてくると考えられ、そこに新しい産業創出の芽を求めることもあろう。そして、このような活動の場としては、さまざまな文化活動等の集積を持つ都市がまず考えられる。
また、情報化の進展は地域活性化対策の面でも大きな可能性を持つであろう。時間と距離を超越することができるということは、大消費地から遠く離れていることのハンディキャップを克服する方法の一つとして利用することができる。また、都市が周辺地域はもとより、世界と結びつき、グローバルなネットワークの拠点として機能する可能性を開くものであろう。
さらに都市行政の運営の面でも情報化への対応が重要である。インターネットのホームページ等は市民との日常的な情報交流に活用されるほか、災害発生時には貴重な情報提供ルートになることもあろう。また、住民基本台帳のネットワークシステム等が市民に対する窓口サービスの改善に利用されることもあろう。
こうした情報化の展開は、次の三つのキーワードに要約される。すなわち、第一はインターラクティブ、双方向であること、第二はマルチメディア、文字、数字、音、映像等多様なメディアが統合されること、第三はオンデマンド、即時的に情報が流通することである。これらを通じて、新しいメディア環境が形成され、いつでも、どこでも、誰でも、自由にさまざまな情報を受信し発信することが可能となる。これは移動体通信の進展等が示す通りであり、新たなコミュニケーション形態の出現とともに、ライフスタイルや意志決定のあり方が大きく変化する時代が到来しつつあることを意味する。
情報化の進展については、都市自治体は、自治体として直接利用するものだけでなく、情報化が市民生活の隅々にまで及んでいくことを考えつつ、より豊かな地域社会の形成のために活用していく必要があろう。
その場合、重要なのは、情報化の装備だけでなくその利用システムに関するソフトの充実であり、その面での地域間の競争はますます激しくなるであろうし、また、ケースによっては、例えば都市圏域で共同利用を行うことも考えられよう。さらに、このような情報化の進展に対応し難い人々がいることについても常に留意しておかなければならない。
 
第6節 環境、エネルギー問題の顕在化
今日の環境問題は、我々の生存にまでかかわる重要性を持ち、地球全体として取り組まなければならない緊急の最重点課題の一つである。この問題の特徴は、特定地域の特定要素の悪化という一過性の問題を超え、環境を構成する要素が相互に関連し合い複雑化していること、また、その影響範囲が地球規模まで広域化していることに求められる。それは、現代社会が大量生産、大量消費、大量廃棄を継続し、かつ、それぞれが個々別々に行われていることに起因する。その結果、地球的規模での限界が顕在化したのである。
また、環境問題は、経済成長、エネルギー需給と深い関係にある。さまざまな要請に応えるためには、一定の経済成長が求められるが、そのためには、エネルギーの供給と消費が伴う。その結果、環境への負荷が発生する。平成9年に開催された地球温暖化防止京都会議はその調整の難しさを示したものであった。
このように、環境問題は、現在の社会経済システムの変更を迫るものであり、極めて難しいが、次世代のためにも生産と消費、そして生活のパターンを問い直し、持続的な発展が可能な社会を構築しなければならない。このことは、「地球温暖化防止行動計画」が指摘しているように、①都市・地域構造、②交通体系等、③生産構造、④エネルギー需給構造、⑤ライフスタイルといった幅広い分野での対応が必要である。市民、企業、行政がそれぞれの立場と役割を認識しつつ、適切に行動することが求められる。
環境への負荷の少ない循環を基調とする社会経済システムを実現するためには、まず人類が自然界の一員であることを十分に認識し、自然の生態系との調和を図らなければならない。また、利用した商品を廃棄物として埋め立てるのではなく、リサイクル活動等を通じて資源として再生し市場に組み込まれるような循環型社会システムを構築する必要がある。さらに、徹底した省エネルギーを推進し、エネルギーの高効率利用を達成しなければならない。わが国は一次エネルギーの多くを海外に依存しているが、新エネルギー導入の効果的な推進を図るとともに、自立分散型のエネルギー供給により、地域のエネルギーは、地域で供給する努力も求められよう。
都市行政においてもこうした考え方をもとに廃棄物処理、資源リサイクル等多方面にわたる施策を展開し、エネルギーを有効に利用し、環境にやさしい快適空間を創出することが求められている。

第7節 交流と連携のグローバル化
グローバル化は、近年、コンピューターと情報通信技術の発展によってさらに一層の広がりと深まりを持つに至った。金融は既に世界的ネットワークが形成され、このネットワークに組み込まれていることが金融市場で活動するための必要条件となっている。
こうした状況が、高度情報化を背景に金融に止まらずあらゆる分野に拡大している。人々の日常生活においても、インターネットの急速な普及にみられるようにグローバル化は浸透している。また、グローバル化の進展は、さまざまな垣根を取り払いボーダーレス化を促す。あらゆる分野で相互参入が実施され競争が激化する。
これは、それぞれの都市が世界と直接結びつき、世界との交流と連携を促進させるものである。従って、都市の戦略のなかではこれまで以上にグローバルな展望を持つ必要がある。地域の産業にはグローバルな競争にさらされるものがますます多くなるであろうし、なかには円高等による空洞化が懸念されるものもあろう。このような場合、産業振興対策にはグローバル化の視点にも立った新たな対応が不可欠となろう。また、市民の日常生活でのグローバルな交流が深まることは、経済的な側面での意義だけでなく、ファッション、学習、遊び等いわば精神的な面での豊かさを生むこととなる。そして、そのようにして育った人材が、これから都市が、またわが国がグローバルな発展をする上で必要になろう。
こうした状況で、都市は世界を相手にした一種の競争状況に置かれ、それぞれの都市は、生活環境の質、自然や文化の豊かさ、生産基盤の効率性、交通・通信ネットワークの整備状況等、多面的・総合的な魅力が問われることとなる。また、地域に居住し、あるいは来訪する外国人との共生、交流のあり方も重要な課題となろう。
目次